2019年2月12日火曜日

第二楽章の訪れ

 2月の前半は鹿児島から関東へ引っ越し、相模原市を新たな住まいとした。慌ただしさもあるが、いみじくも束の間の休暇を過ごしている。
 
 ■ 電車である。
 これに慣れなければ、渋谷の職場までが遠い。最初は駅を右往左往したが、なんということはない。改札口でピッとすれば良いのである。
 この佳き機会に、Suica やクレジットカードを iPhone に入れて、完全キャッシュレスな生活に挑戦してみようと画策中だ。
 ■ 部屋もある。
 これまでは間取り 4K の平屋を借りて住んでいたが、これからは6畳のワンルーム。一通り家具を揃えて、殺風景な寒々しさはなくなった。今回、初めてダイニングテーブルを置いてみた。これまでは、卓袱台やコタツを使っていたが、床に腰を下ろしてしまうと、いろいろと動くのが億劫になる 性格だと判ったので。つまり、布団もベッドに、座椅子もソファに転じたのである。
 ■ 出会いと別れの季節。
 春、いろいろなものに出会うだろう。ただ、別れたいものがある。それは、この【お腹の脂肪】だ!!!!仕事は言い訳にできないが、不摂生が祟って、だいぶ恰幅が増した。朝の出勤時間に余裕ができそうなので、24時間ジム「エニタイム」に入会し、毎日身体を動かすことにした。今後は積極的に健康志向で生きよう。
 ■ 意外に暇もあるので。
 門外漢気味だった Web 系の技術を勉強してみている。Docker で nginx, mysql, php を立てて、Laravel + React で簡単なアプリを構築しながらハマっている。コンテナ型の仮想化技術は Microsoft も全面的に推してきているので、知っていないといけないだろう。得意な技術で好きなように作るのも楽しいが、未知の技術を掘っていくのも実に面白い。
 ■ 今後の課題。
 やっぱり音楽を自由に楽しめる拠点を探さねば!路上ライブは勇気がないので、どこか良いライブハウスや音楽サークルでもあれば…と思案中。
 そして、ダイニングテーブルの片方の椅子が寂しいので、こちらでも共に食事を囲える友達や仲間を見つけたい。あ、鹿児島でも食事は独りだったか。しょーがない。
 いやいや!せっかく第二楽章なんだからデュオと言わず、トリオ、はたまたカルテットで。


2019年1月27日日曜日

引越し準備

さまざまなものを断舎離して、
ダンボール2箱とギターケースとともに上京する。

インフラの解約の連絡をしているが、
必ず「お世話になりました」と結ぶようにしている。

あたりまえに供給されているように感じても、
その裏側では不具合が起きないように、
また、何かが起こっても対応をしてくれている人たちがいる。


2019年1月21日月曜日

くじら

今、僕は人生の分岐点に立っている。
基本的に怠惰な僕にとって“節目”は重要な好機だ。
そういうわけで、しばらくぶりに、そして新しくブログを作ってみた。
なるべく縛りを入れたくなかったので、こんなタイトルとした。
Twitter にも Facebook にも書くには少し躊躇われる(それは長さであったり、質であったり、属性であったり。決してネガティブな意味合いではない)文章を残していこうと思う。


とりあえず、少し前に書いた曲のライナーノーツを試験的に載せてみる。

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あなたは鯨を食したことがあるだろうか。
世代によっては、それは懐かしい思い出の味かもしれない。 先日、とある小料理屋の隅で色とりどりの鯨料理と相まみえる機会があった。 平成生まれのボクにとって、それは新鮮であると同時に、 幾ばくかの寂寥感を抱かせる代物だった。 件の小料理屋は、宮崎県都城市という内陸部の街にあった。 海のない街で皿に盛られた鯨の気持ちたるや、察するに余りあるが、 恐れ多くもそんな鯨の胸中を歌にしたいと思った。 かつては大海原を優雅に泳ぎ、ややもすると海中に飽き足らず、 空をも飛びたかったかもしれない。 友はいたのだろうか。恋に苦しんだこともあっただろうか。 家族と何を語り合ったのだろうか。 刺身になる前の鯨の気持ちなど、全ては忖度するしかないのだが、 彼にボク自身を重ねると途端に心情がリアルに迫ってくる。 ある哲学者の言葉を借りると、 人間は誰もが「感じの海」とやらを揺蕩っているものらしい。 人生を旅に例える人は多いが、なるほど、本当は旅路なんてものは無く、 ただ浮かび流されているだけなのかもしれない。 ボクも鯨なのだ。 決してこの街が嫌いなわけではない。 しかし、ふとした瞬間に、乾ききったコンクリートに腹を擦りながら、 無理やり毎日を生きている気がすることがある。 焦りなのか、諦めなのか、それとも現状に満足しながらも何かに納得していないのか。 きっと誰しも大なり小なり似たような心の汚れを持っているに違いない。 みんな鯨なのだ。 ただ、ひとつだけ確かに言えることがある。 ボクらはまだ、生きている。俎上で身動きがとれないわけではない。 もう一度、あの頃の夢を思い出してみよう。きっと空だって飛べるはずだ。

第二楽章の訪れ

 2月の前半は鹿児島から関東へ引っ越し、相模原市を新たな住まいとした。慌ただしさもあるが、いみじくも束の間の休暇を過ごしている。    ■ 電車である。  これに慣れなければ、渋谷の職場までが遠い。最初は駅を右往左往したが、なんということはない。改札口でピッとすれば良いのである...